新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的大流行)は、日本が抱えるさまざまな構造的課題を浮き彫りにした。なかでも、ワクチン接種の遅れや科学的なエビデンスに基づくまん延防止対策が不十分であることなどは、その最たるものといえるだろう。こうした国家レベルの弱点と課題を、どう克服していけばいいのか。感染症領域に強みを持つ塩野義製薬の澤田拓子副社長と、デロイト トーマツ コンサルティング ライフサイエンス・ヘルスケアグループの3人が話し合った。
感染症対策は“国防”であり、平時の準備なくして、有事の対応はできない
西上 感染症は御社が特に強みを持つ領域の一つですが、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)のパンデミックは1企業、あるいは製薬産業が対応できる範囲を超えています。
国として感染症対策という社会課題をどうとらえ、安全保障の観点も含めて平時からどう備えるか。それが、COVID-19が私たちに与えた大きな教訓の1つといえるのではないでしょうか。
澤田 COVID-19の感染拡大前は、グローバル化を前提として経済活動が行われていましたが、いまはその再検証があらゆる産業で行われています。
医薬品でいえば、中国とインドが世界のメジャーな原料産出国、原薬製造国になっています。この2カ国が製造や輸出に支障をきたす状況になると、世界中の医薬品流通でパニックが起きてしまいます。
さらに、インドが生産している医薬品の原料はその大部分が中国から輸入されています。つまり、医薬品においても世界中が中国に極端に依存する構造となっているのです。そのリスクはG7(主要7カ国)も認識していて、サプライチェーンの分散化をどう図っていくかが各国にとって大きな課題となっています。
医薬品生産を自国で100%まかなうのは、経済的合理性の点からも無理がありますので、それぞれの国が強みを活かして、どう分担していくかという連携協議がこれから本格化していくものと思われます。そのときに、日本はどの部分をどこまで担い、かつ自国のために生産対応できるようにしておくか。この点を考えておく必要があります。
本間 かつて厚生労働省で働いていた頃を思い返すと、行政は民間の活動を過剰に管理することを避けようとする意識が強かったです。今回のパンデミックの初動において、海外に比べると民間の活動へ介入するような取り組みに自己抑制的だった面はあると思います。
澤田 今回、欧米の医薬品メーカーが開発した新型コロナワクチンのうち、特徴的な進め方をしたのが、ファイザーとモデルナでした。ファイザーは最初から開発のスピードを優先するために導入後自社で開発を行い、生産段階では国の資金援助を受けました。モデルナはベンチャー企業で資金力はありませんし、従来から国の資金を得てm-RNAワクチンの研究を進めてきましたので、開発段階でも国の援助を大きく受けています。いずれにしても、アストラゼネカを含めた3社があれだけスピーディにワクチンを市場投入できたのは、薬事承認手続きの緊急対応、サポートも含めて、国の支援が大きかったことは間違いありません。
西上 塩野義製薬様も新型コロナのワクチンや治療薬の開発を進めていらっしゃいますが、米英ができて、日本にできないことはないと私は思っています。とはいえ、平時からの備えがあってこその緊急時の成果だと思います。内閣官房 健康・医療戦略室とのプロジェクトでも明らかになったように、米国などは政府による平時からの新興感染症への研究開発への支援が手厚いですが、日本の政府支援の在り方についてはどうお考えでしょうか。